【「人生会議」広告 患者ら憤り】https://t.co/wKFKC66z5s
人生の最終段階でどのような対応を望むのか、家族ら大事な人たちと話し合っておくことに「人生会議」と愛称をつけた厚労省。そのPRポスターに批判が集中し、厚労省は自治体への発送をやめた。何が問題だったのか。
— Yahoo!ニュース (@YahooNewsTopics) 2019年11月26日
まてまてまて
俺の人生ここで終わり?
大事なこと何にも伝えてなかったわ
それとおとん、俺が意識ないと思って
隣のベッドの人にずっと喋りかけてたけど
全然笑ってないやん。
声は聞こえてるねん。
はっず!
病院でおとんのすべった話聞くなら
家で嫁と子どもとゆっくりしときたかったわ
ほんまええ加減にしいや
あーあ、もっと早く言うといたら良かった!
こうなる前に、みんな
「人生会議」しとこ
すごく、考えさせられるポスターでした。
家族といざってときのことあんまり話してないんですよね。
事故に遭うかもしれないし、突然死するかもしれませんし、それはわかりません。
どこで過ごすのか、延命はするのか、可能なら臓器移植するのか、死後はどうするのか。
意思疎通ができなくなってしまったときに備えて、そういうことを話しておかないといけないなあと思いました。
こういう批判が飛んできたのは意外でした。
「死や死にゆく人を茶化すような表現は、関西弁を使ったり、お笑いの人が登場したりしていることを考えてもおかしいですし、関西の人だって死や病気になって生きることに真剣に向き合っているはずです」
「小藪さんのファンの子どもたちがこれを見て、誤解してしまうのが怖いです。表面だけみて、笑いや薄っぺらい誤解のもとに患者と家族の関係を捉えてしまったらどうするのでしょうか?」
「一方で、脅しやネガティブな表現で、人生会議を広めようとしていることも気になります。誰に伝えたいのか、人生会議の主語がこのポスターではわからないこともモヤモヤします。病院などに掲示されて目にした時に、誰が何を誰と話し合うのか、きっと伝わらないでしょう」(BuzzFeedより)
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/jinseikaigi-poster
私は茶化しているようには感じませんでした。
関西の人が話す関西弁だからこそ通じるところがあります。
いかにも小藪さんが言ってそうな言葉ではありませんか。
これが仮に、淡々とした丁重な標準語であったならこれほどに感じるものはなかったかもしれません。
果たして何をどう誤解されて、何が起きるとと思われているのか私にはよくわかりません。
ポスターにある
命の危機が迫った時、想いは正しく伝わらない
は、本当にその通りだし、
また、その下に、
『人生会議』とは、もしものときのために、あなたが望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取組のことです。
と書いてあるので、“もしものこと”、“不測の事態”が起こる前の人を指しているのだと思いました。事前にどんな選択肢があり、どうしたいか想定しておくって大事じゃないですか。
しかし、この記事によると厚労省に直接的には2件の批判しか来てないらしいです。ホントはそんなに怒っている人いないのかも。
私の中で関西弁ってお公家さんが使うような言葉ってイメージです。
堺雅人さんが演じた万里小路有功(までのこうじ・ありこと)すごく良かったもの。関西弁、お笑い、不快って謎です。関西も広いので方言もいろいろですけどね。